こんにちはmakiです🎶
この記事では、私が考える”子どもの尊重“について書いています。
保育に正解はないと思っていますが、私が保育士となり、子どもたちと向き合う経験の中で辿り着いた”子どもの尊重”です。
子どもを尊重するとは
大前提、子どもも”人間“です。
当たり前でしょう?と思う方もいらっしゃると思いますが
全員がそう思えるわけではない。
“小さいから”、”言葉が喋れないから”、”怒れば従うから”
という理由で
子どもをコントロールしようとする大人がいることも事実です。
私は子どもと向き合うとき常に、自分と対等の人間であると考え、意識した行動、発言をしています。
では、具体的にどのようなことを意識しているのか?
それは”心の動きに寄り添う“ことです。
わがままの許容範囲
・思いが通らないと泣きじゃくる、、わがままだなぁ💦
・泣いて怒って、なんとしてでも意思を貫こうとする、、わがまま、、💦
子どもが意見の主張をすること=わがまま
と捉えていませんか?
大前提、意見の主張がわがままになるのでしょうか?
大人で置き換えて考えてみてください。
“意思がはっきりとしている”と表現することもありますよね。
“これはわがままだ”と自分で認めていても、これだけは貫きたい思い、ありますよね?
そして、その”わがまま”が通ったとき、気持ちがスッキリすること、ありませんでしたか?
それは子どもも同じ。
私たち保育士は、一度に多くの子どもたちの保育をしなければなりません。
様々な性格や特徴を持った子どもたちがいて、遊びに生活の補助、加えて事務作業。一日は目まぐるしく過ぎていき、ほっと一息できる瞬間は1秒たりともありません。
ですが、子どもたちの時間はゆったりと流れています☺️
初めて見たもの、触れたものに心が動いたり、
人との関わりの中で様々な感情を抱き、知り、
自分の気持ちと葛藤したり。
小さな身体で色々なことを感じて、吸収して、
自我を芽生えさせながら毎日少しずつ成長していく子どもたち。
大人にとっては”これっぽっち”と思うことも
子どもにとったら”大冒険”✨
子どもたちにとっては、一瞬一瞬全てが経験で宝物なのに
大人の都合で急かしてしまうのは、閉ざしてしまうのは
あまりにも勿体無いと感じます。
私たちが、目まぐるしく流れていく生活の一部で
たまたま見かけた子どもの”一部分”に捉われるのではなく、
その子どもがいる”生活”、これまで生きてきた”人生“に
焦点を当てると子どもへの接し方も変わってくるかもしれません。
子どもも、大人と一緒。
頑張っているときもあれば、休憩したいときもある。
わがままを言いたくなるときだってある。
いけないことだと分かっているけど
素直になれないときもある。
ただ、だからといって全てを受け入れていては
本当に、ただ”わがままを言う子ども“になってしまいます💧
子どもの思い全てを受け入れていると
いざ、”これだけは叶えてあげられない”と
いうことが起きたとき、
子どもは”今まで聞いてくれていたのになんで?”
と、自分の思いが通らないことに
不満を感じます。
そしてどうにかして自分の思いを通そうとする。
怒る、泣く、癇癪を起こす💦
それに耐えきれなくなった大人が
“しょうがないなぁ”と許容する。
そういった経験を重ねることで子どもは
“こうすれば聞いてもらえるんだ。”と
わがままになっていく可能性もあります💦
それは求めている姿ではありませんよね。
だからこそ、受け入れるだけではなく
“そうだね。それがしたかったんだよね。
でも今はできないんだ。”
と気持ちを受け止めるだけのときも必要です☺️
まとめ
子どもを尊重するとは、”子どもの心の動きに寄り添うこと“
子どもだからといって年齢は関係なく、一人の”人間”。
思うことは大人と変わりません🍀
ですが、子どもの思いを全て受け入れていると
本当にわがままになってしまう可能性も💦
受け入れるだけではなく、受け止める。
バランスを取りながら、
適度にわがままも聞いてあげましょう🎶